可符香「夢を…夢をありがとう」
 初代新幹線・0系の引退を記念した「さよなら運転」が14日、新大阪-博多間で行われた。0系は先月末で定期運転を終えたが、引退を惜しむ鉄道ファンの要望に応え、今月に入り3日間だけ臨時「ひかり」として運行。最終日のこの日、新大阪駅には見納めとなる0系を撮影しようと、約2800人のファンが詰めかけた。

 0系の最終列車は、「さよなら」に語呂合わせした「ひかり347号」。ホームでは発車に先立ち、午後2時半から記念式典が行われた。

 式典には「新幹線開発の父」と呼ばれた元国鉄技師長、島秀雄(1901~98年)の次男隆さん(77)らが出席。隆さん自身も国鉄技師として0系の台車などを設計し、親子2代で新幹線開発に携わった。隆さんは「父がいれば、役割を終えて堂々と引退する0系に『よくやった』と声をかけたと思う」とあいさつした。

 午後2時56分、満席のひかり347号はプワーンと警笛を鳴らした後、ゆっくりと発車。向かい側のホームにまであふれ返ったファンから「ありがとう」などの声が上がった。約1600人のファンが待ち構えた終点・博多には、定刻の午後6時1分に到着した。

 この日の運転で0系は完全に引退する。

初代新幹線:「0系」ラストランに2800人 新大阪駅
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=695910&media_id=2
http://mainichi.jp/select/today/news/20081215k0000m040041000c.html
 「夢の超特急」と呼ばれ、昭和の高度経済成長期を象徴した初代新幹線「0系」が14日、引退記念の「さよなら運転」をした。ラストランは「ひかり347号」。晩年は山陽新幹線の「こだま」に使われたが、往時の「ひかり」として、新大阪-博多間を約三時間で駆け抜けた。

 約400席の指定券は完売し、沿線の各駅には最後の姿を見ようと、計約7000人が詰めかけた。

 午後2時56分、新大阪駅で出発を告げる警笛が鳴り響くと、「お疲れさま」「ありがとう」と目を潤ませたファンから悲鳴のような声が上がった。

 ホームに駆け付けた滋賀県湖南市の前田正春さん(72)は元新幹線運転士。「開業翌年に運転台に座った時の誇らしさが忘れられない。もう一度運転したかった」と別れを惜しんだ。


初代新幹線が「さよなら運転」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=695823&media_id=4
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008121400051&j1
とうとう引退ですか。
無理して岡山に見に行ってもよかったかな?
最後くらいは東京-博多を16両で走ってもよかったような気がします。
ひかり号なので、停車駅は品川・新横浜・静岡・浜松・名古屋・京都・新大阪・新神戸・姫路・岡山・福山・広島・徳山・新山口・小倉・博多で。

これはある意味“戦後の日本の象徴”だったからな。
これがなかったら多分、日本は先進国にならなかったかもしれん。
日本の技術力の高さを証明した存在だしね。
第一、44年以上前のデザインが現存してると云う話だからな。

もう現物は鉄道博物館で見るしかないのか。
また機会があれば見に行きます。



2休

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