澪・律「ご苦労様です」
2012年1月12日 コラム2011年の末、僕は福岡にいた。正確に言うと、夜の天神バスセンターで深夜バスの到着を待っていた。何やらロマンチックな物語でもはじまりそうな書き出しだが、残念ながら実際はその逆である。僕はこれからまさに、深夜バスの「王」へと戦いを挑もうとしていたのだった。まず初めに、15時間半もバスに乗って取材した記者の方、大変お疲れ様です。
【日本最長の新生「キング オブ 深夜バス」を体験してきた】
福岡~東京を14時間かけて結ぶ「はかた号」は、日本でもっとも長い距離を走る「キング・オブ・深夜バス」として、長らく深夜バスフリークたちに畏れられてきた。ところがこの冬、「はかた号」に代わる、新たなキングが現れたのである。
新キングの名は「Lions Express ライオンズエクスプレス」。2011年12月に新しくオープンした路線で、1日1本、福岡~埼玉間の1170キロメートルを片道15時間10分かけて結ぶ。途中、横浜、池袋を経由して、終点は埼玉県のJR大宮駅。走行時間だけなら、一般道区間が多い新木場から津和野の「いわみエクスプレス」の方が長いが、走行距離1170キロメートルは文句ナシの「日本最長」だ。
正直に言うと、僕は普通に飛行機か新幹線でとっとと帰りたかったのだが、「水曜どうでしょう」好きな加藤編集長が、キラキラとした目で「乗るしかないでしょう!」と藤村ディレクター風に言ったのである。そう言われてしまうと、こちらとしては「ハイ乗ります」と言うしかない。かくして僕は、「ライオンズエクスプレス」で15時間10分かけて東京へ帰ることになったのであった。新幹線なら5時間半で帰れるのに!
●「逆ウラシマ現象」の恐怖
乗る前に「ライオンズエクスプレス」についてちょっと説明しておこう。名前の由来は、現在の「埼玉西武ライオンズ」が、かつては「西鉄ライオンズ」の名前で福岡に拠点を置いていたことに起因している。現在と過去のライオンズ拠点を結ぶから「ライオンズエクスプレス」というわけだ。
料金は、閑散期なら福岡~大宮でわずか9000円(通常時1万1000円/繁忙期1万3000円)と、新幹線を使った場合(約3万5000円)に比べて格段に安く済む。その分時間はかかるが、閑散期なら新幹線の約4分の1、通常時でも3分の1以下の料金で大宮まで行けるのは大きい。途中の横浜、池袋で降りる場合にはさらにもうちょっと安くなる。
僕が乗った12月22日時点ではまだ通常車両での運行だったが、12月26日からは側面に西鉄ライオンズのロゴがあしらわれた特別デザイン車両での運行となる。12月20日に行われた新デザイン車両の発表会には、西鉄ライオンズ時代に活躍したOBメンバーも招かれ、かつての西鉄ライオンズロゴとの再会を懐かしんだ。ちなみにLions Expressは西鉄高速バスと西武観光バスの共同運行で、西武観光バス側の車両はまた別のデザインとなっているらしい。
新車両はよくある観光バスと同じ4列シートだが、窓側座席にコンセントが付いているのがうれしい。その他、深夜バスならではの設備として、後方にはトイレと、乗務員の仮眠室も存在。さすがに15時間ずっと1人で運転というわけにはいかないので、運転手は2名体制で、途中のサービスエリアなどで運転を交代しつつ目的地へ向かう。
深夜バスと言えば響きはいいが、実際に乗るとなるとなかなかエクストリームな乗り物だ。飛行機や新幹線と違って座席は狭いし、動けないし、なんと言ってもやることがない。かつて「水曜どうでしょう」の企画で「はかた号」に乗せられた大泉洋は、眠れなくて眠れなくて時間がちっとも進まないこの状態を「逆ウラシマ現象」と呼んだ。しかし、コンセントがあるならiPhoneでもノートPCでも使い放題である。あれ、この戦い、意外に楽勝なんじゃね……?
――そんなことを考えながらバスを待っていると、いよいよ大宮行き、ライオンズエクスプレスがバスセンターに到着したとのアナウンス。事前に買っておいた切符を取り出し、乗務員さんに見せると、いよいよ新キングとのご対面である。2日前の発表会で新車両の方はさんざん見たが、やはりエンジンに火が入っている状態ではオーラが違う。これからこの中に15時間も監禁されるのか……。
ということで、ここからは時系列順に当日の様子を振り返っていきます。時間が経つにつれて文章量が減っていくのは、僕の憔悴ぶりが現れているということでご容赦を。
●午後8時10分 天神バスセンター
座席は前から3列目の窓側シートだった。ラッキーだったのは、繁忙期なのに車内はけっこうガラガラで、隣に誰も座ってこなかったこと。すかさず「隣の席が空いてるのは嬉しい。ゆったり」とTwitterにつぶやいたら、知人から「そんなぬるま湯のような環境でキングに勝利したと言えるのか」と突っ込まれる。
座席に座り、上着を脱いだり、各座席にひとつ用意されていたスリッパに履き替えたりして戦いの準備を整えていると、特に出発のアナウンスなどもなく、ゆるやかにバスが動き出した。かくして長い戦いのゴングは鳴ったのである。
●午後8時30分 博多バスターミナル
しばらく博多の街を走った後、やがてバスは博多のバスターミナルへとすべり込んでいった。なるほど、乗客が少ないと思ったら、どうやら天神と博多の2カ所でそれぞれお客さんを拾う仕組みらしい。しかし、幸いなことに博多から乗る人は意外に少なく、隣の座席は相変わらず空いたままだった。
博多バスターミナルを発ったところで、乗務員さんから旅程について簡単なアナウンスがあった。今のところ道路状況は順調で、予定どおり大宮には翌日午前11時20分に到着予定、次の休憩は山口県の下松(くだまつ)サービスエリアで取る予定とのこと。到着はたぶん午後11時くらいか。しばらく大きな動きはなさそうなので、本でも読んでヒマをつぶすことにする。
●午後9時00分 九州自動車道のどこか
ところで実は、僕にはさっきから気になっていることがあった。
「座席に……コンセントが……ない……」
そう、2日前にはあったはずのコンセントが見あたらないのである。はなから車内で充電するつもりだったので、昼間から使いっぱなしのiPhoneはもうバッテリーが20%しかない。乗務員さんに聞いてみた。
「すいません、コンセントが付いてるのは新車両からなんです」
なん……だと……。いきなり計画が狂ってしまったが、ないものはしょうがない。とりあえずiPhoneについては、万が一に備えてエネループのスティックブースターを持ってきていたので、途中のサービスエリアで電池を買いまくればなんとかなりそう。しかし、この時点でノートPCがヒマつぶしアイテムから脱落した。バスはまだようやく九州自動車道に入ったところであった。
●午後9時50分 どこかのサービスエリア
どこかのサービスエリアで一旦停車。もう下松? と思ったけど、どうやら乗客は外には出られないらしい。外では乗務員さんたちがなにやら電話中。待っている間、あったかいお茶がもらえた。ほどなく、バスはまた九州自動車道へ。
●午後11時00分 下松の少し手前
走り始めてからそろそろ2時間が経過。窓の外を見てもまっ暗で、今どのへんを走っているのか分からない。そろそろ下松に着くころだと思うんだけど……って、そうか、iPhoneのGPSを使えば場所が分かるじゃないか。
さっそくiPhoneを立ち上げ、マップアプリで確認してみると、バスは現在山陽自動車道を走行中。下松まではあと30分くらいか。ちょっと尻が痛くなってきたので、サービスエリア到着が待ち遠しい。Twitterを見ると「下松サービスエリアは牛骨ラーメンが名物です」との情報。何それおいしそう!
●午後11時30分 下松サービスエリア
下松サービスエリアに到着。頭の中はすでに牛骨ラーメンで一杯だったのだが、残念ながら休憩時間は10分しかないらしい。さすがに10分でラーメンは無理だ! と潔く諦め、まずは最優先の電池を確保。あとは売店で飲み物と夜食のパン、おにぎりを買ってバスへ戻る。時計を見るとジャスト10分! 休憩時間、もう5分くらい欲しいです……。
●午後11時40分 山陽自動車道
つかの間の休憩が終わり、再びバスは山陽自動車道へ。サービスエリアを出て少しすると、車内灯がオレンジ色になり、車内は一転して夜モードへ。運転席と客席の間のカーテンも閉められてしまい、外界の様子はもはや完全に分からなくなってしまった。しばらくすると、乗務員さんの1人が後ろの仮眠室へ入っていった。おつかれさまです。
●午前0時10分 山陽自動車道のどこか
走り始めてから4時間。昼間買っておいた100円ショップの空気まくらを膨らませ、僕もちょっと寝ておくことにする。
……つもりだったのだが、眠れない。考えてみれば飛行機でさえなかなか眠れない人間が、深夜バスですんなり眠れるわけがないのである。Twitterでも見ようとiPhoneを取り出すが、トンネルが多くぶちぶち電波が途切れてしまう。そういえば行きの新幹線でもこの区間はこんな感じだった。まだあと11時間以上あるのに、早くも「逆ウラシマ現象」という言葉の意味を噛みしめる。
●午前1時50分 岡山の近く
ちょっとウトウトしていたのに、腰の痛さで目が覚めてしまった。走り出してからもうすぐ6時間。ずっと同じ姿勢だと尻が痛くなってくるので、自然に体がずりずりと下がっていく。映画館もイスが合わないとこうなるんだよなあ、などと思いつつ、体を「よいしょ」と戻す。時間が経つにつれて、ズレては直してはのサイクルが短くなっていくのが分かる。iPhoneで現在位置を確認すると、まだ岡山の手前あたり。見なければよかった。
●午前4時00分 神戸~大阪のあたり?
1時間くらい眠れた、が、やっぱりすぐに起きてしまった。走り始めてからもうすぐ8時間。飛行機だったら今ごろはハワイである。ハワイ、行きたいなあ……。
●午前4時25分 京都~滋賀のあたり?
何の前触れもなく、いきなりオレンジの車内灯も消えてちょっと焦る。車内まっくら。iPhoneの画面がまぶしいので、設定で画面の輝度を最低にした。相変わらず眠れない。尻も痛い。この時間は完全に敵の土俵だということを身にしみて実感する。
●午前5時50分 伊勢湾自動車道
今はどのあたりだろうか。ふとカーテンをめくってみたら、なぜかバスが海の上を走っていて、夢でも見ているのかと目をこすってしまった。正確に言うと、海の上にかかった長い橋のようなところを走っている。海岸にはキラキラとまばゆい工業地帯の明かり。あの黒いグネグネとしたシルエットはもしかして、遊園地のジェットコースターじゃないか?
ここは一体どこだ、とiPhoneを立ち上げて現在地を確認。ああ、なるほど、伊勢湾自動車道を走ってたのか。ということは、あの遊園地はナガシマスパーランドだ。ここまで夜景らしい夜景も見ていなかったので、しばし窓の外の景色に釘付けに。
●午前6時30分 浜名湖サービスエリア
そういえば乗る前、加藤編集長に「日の出の瞬間とかも撮りたいよね」って言われてたんだった。外を見ると、すでに東の空はうっすら白んできている。が、山に隠れて肝心の日の出の瞬間は拝めそうにない。
そのうちにバスは浜名湖サービスエリアへ。休憩か! と一瞬期待するも、運転手さんが交代するために停車しただけだった。もう外はかなり明るい。日の出は掛川のあたりで見ることができた。
●午前8時10分 富士川
乗務員さんからアナウンスがあり、現在富士川を通過中とのこと。「カーテンを開けて富士山を見てもいいですよ」と乗務員さん。すっかり護送中の囚人のような気分になっていたので、こんな些細なことでも浮き足立ってしまう自分が悲しい。そういえば、バスに乗ってからそろそろまる半日(12時間)になる。
●午前8時45分 足柄サービスエリア
足柄サービスエリアに到着。ここで9時まで休憩を取るとのこと。わずか10分ちょっととは言え、久しぶりにバスの外に出られる! バスから降りると、ひんやりとした新鮮な空気が心地よい。背伸びをすると、体中がバキバキときしんだ。
さっき買った単三電池4本はもう使い切ってしまったので、まずは売店で電池を補充。足柄はかなり大きなサービスエリアで フードコート内にはマクドナルドもある。「揚げたてのフライドポテト!」と一瞬逆上しかけるも、車内をポテト臭を充満させてしまいそうだったのでガマンした。かわりに、以前テレビ番組で紹介されていた「しぞーか(静岡)おでん」を購入。
●午前9時55分 横浜
高速道路を降りて一般道へ。おっ、と思っていると乗務員さんから「まもなく横浜YCATに到着します」とのアナウンス。YCATを「ワイキャット」と読むことをはじめて知った。
横浜では若い女の子ばかり数人、ぞろぞろとバスを降りていった。きっとライブかコンサートでもあったんじゃないか、と勝手に推測する。新幹線で行くお金はないけど、深夜バスなら――。そういう人たちをすくい上げる「網」として、深夜バスが機能しているのなら、それはステキなことだなあ、とぼんやり考えた。
そして博多を発ってからおよそ14時間。とうとうバスは神奈川との県境を越え、東京都へと突入していくのだった。
●午前10時50分 東京・水道橋
ふと窓の外に目を向けると、見慣れた建物や看板がちらほら。地図で確認してみると、バスはすでに東京のド真ん中、千代田区のあたりを走っていた。竹橋のジャンクションを通過して、神保町、水道橋と少しずつ北上していく。本当に博多からここまでバスで来てしまったことに胸が熱くなる。
ところでこのへん、なにげにウチの近所なんですけど、ここで降ろしてもらえませんかね……。
●午前11時00分 東京・池袋
午前11時ぴったりに池袋東口に到着。ここでもパラパラと何人か降りていった。あと車内に残っているのは5~6組くらいだろうか。本来なら僕もここで降りるところだが、今回は終点の大宮まで行かなければならない。今さらながらに、どんな罰ゲームだ、と思う。
●午前11時40分 大宮
乗務員さんから最後のアナウンス。間もなく大宮に到着します、とのこと。
ここまで愛用してきた空気枕のエアーを抜く。正直、これがあるとないとでは、かなり快適さが違っていたと思う。足もスリッパから靴に履き替え、降りる準備を整える。そういえば、足柄サービスエリアで休憩をとったあたりから、尻の痛さはそんなに気にならなくなっていた。
首都高速を降りてしばらく一般道を走る。大きな交差点をひとつ曲がると、大宮駅の建物がいきなり視界に飛び込んできた。ロータリーの手前でスピードを落とし、バスはゆるゆると左側へ寄っていく。そして午前11時45分、ようやく大宮駅に到着! 乗車時間は15時間35分。当初の予定より25分遅れでの到着となった。
●バスにはバスの良さがある
約15時間半のバスの旅。あらためて振り返ってみると、実はそれほど悪いものではなかったように思う。もちろん、隣の席が空いていたおかげで、実質2座席を独占できたおかげもあったが……。
楽しいことも多かった。オレンジの車内灯に照らされながら食べたパンの味。夜明け前に見た伊勢湾自動車道の夜景。富士川で見た、雲の帽子をかぶった雄大な富士山の姿。深夜の「逆ウラシマ現象」時間帯は確かにキツかったが、Twitterでこまめにつぶやいていたこともあって、それほど退屈することはなかった。機会があればまたライオンズエクスプレスに乗って、今度はもつ鍋を食べに福岡まで行こう、と思った。
走り去っていくバスの後ろ姿を見ながら、僕は奇妙な充実感と、一抹の寂しさを憶えていた。3時間半で来られる新幹線もいいが、15時間かけて乗るバスにもまた違った味わいがあることが分かった。さーて、それじゃあ大宮から東京まで帰るか!
福岡から大宮へ15時間! 伝説の「はかた号」を越える新生「キング・オブ・深夜バス」はどれくらいエクストリームなのか試してみた
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1201/12/news104.html
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1201/12/news104_2.html
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1201/12/news104_3.html
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1201/12/news104_4.html
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1875389&media_id=128
しかし、福岡から大宮まで行くバスがあるんだね。
それも15時間半もかけて。
コレ車内の写真見たけど、夜行バス用の車両じゃねーぞ。
フツーの観光バス用のじゃねーか。
コレに乗って‥15時間半‥だと?
リクライニングも夜行バス並に倒れたりせずに、せいぜいちょっと傾く程度なんだろうな。途中休憩が2ヶ所で10分ずつか‥。
本当に罰ゲームのように思えてきた。
いくら安いとは云ってもねぇ‥。
せめて夜行バス並の車両にしようよ。
ところで、福岡から大体‥
4時間:広島
6時間:岡山
8時間:大阪
9時間:伊勢湾
10時間:浜名湖
11時間:掛川
12時間:富士川
14時間:横浜
15時間:池袋
と云うことは分かった。
まぁ途中休憩とか取ってるから多少は前後するだろうがね。
ある意味コレも「旅」だろうけど、まだ18きっぷのほうがラクに見えてくる。
福岡-大宮ならMLながら使用でも24時間以上はかかるけど、途中気ままに降りれるしね。
18きっぷが使えない時期で安く東京に行く、と云う時には使えるとは思う。
でもやっぱりしんどいよなぁ‥。
23-8 ・ 45/60
コメント